平成18年事例Ⅰ(中小企業診断士 2次試験の与件文)
A社は、資本金9,000万円で、年間売上高約200億円の中堅商社である。従業員数は100名程度であり、その中には、契約社員、派遣社員が含まれている。A社の主たる取扱商品は化学品であり、一言でいうと「化学品の専門商社」ということができるが、油脂・油剤から合成樹脂、電子材料などのファインケミカル品など幅広い化学製
品を扱っている。売上高営業利益率は2%前後であるが、近年の景気回復基調の中で、業績は上向き傾向である。また、近年、取引先メーカーの海外事業展開によって輸出取扱額も増大すると同時に、海外市場からの廉価な化学品の調達が求められるようになり輸入取扱額も増えつつある。
1950年代初頭、中堅化学メーカーの100%出資の販売子会社として発足したA社は、親会社の事業拡大とともに、業績を順調に伸ばし、その成長プロセスでは、関係会社間での合併など企業グループ再編を経て、化学品の専門商社として事業基盤を確立してきた。その後、複数の主要取引先からの出資もあり、現在、親会社の出資比率はおよそ60%程度になっている。取引先別売上高構成では、親会社との取引が全体の40%程度を占めており、現段階では売上高に占める依存度は小さくないが、メーカーと商社という事業の違いもあって、A社の自律性は保たれているといえる。近年、独自で開拓してきた取引先の占める割合が年々高まりつつあり、また、取引先メーカーの海外進出に伴って海外取引が拡大していることも、親会社への依存度を縮小することに貢献している。
A社の取締役会は、取締役6名(非常勤取締役を除く)で構成され、そのうち2名は親会社からの転籍者で、それ以外はA社出身者(プロパー社員)から登用されている。歴代の代表取締役社長は親会社からの転籍者であり、これまでの平均在任期間は2期4年である。今後も社長は、基本的に親会社からの転籍者が就任することが予測されるが、現社長就任時から、役員に占めるプロパー社員の割合は大きくなっている。他方、近年の事業拡大にあわせて通年採用で30歳代の中堅社員を中心に採用しているが、本社・支店ともに上級管理者の多くは50歳代であり、正規社員の平均年齢は43歳である。
取締役の人事および大規模投資案件以外、これまでもほとんどの案件に関してA社の取締役会で意思決定してきた。組織および人事制度などについて、これまでも親会社はほとんど関与してくることはなく、A社自らの事業展開に合った体制を構築することができる。今後の事業拡大を図っていくためにも、制度や体制の整備と独自の人材育成を進めていくことが求められている。ただし、給与水準については、親会社の水準を意識しないわけにはいかないため、業績にかかわらず、親会社よりも多少低く設定されている。もっとも、A社の給与水準は、同規模・同業他社の水準を上回っており、業績向上に伴って親会社との賃金格差も徐々に改善されている。
社長就任1年を経て、現社長は、役員会で議論を重ね、5年後のA社のあるべき姿として、「売上高400億円、営業利益率3%」という数値目標を定めた経営ビジョンを掲げた。わが国の景気が上向く中で既存の取扱商品の販売拡大も期待され、また、成長著しい中国や東南アジア地域に新たな営業所を開設し営業拠点の整備を進めて、海外市場の拡大と廉価品の輸入といった輸出入事業の成長を見込んでいる。しかしながら、それだけで、売上倍増という数値目標を達成することは困難である。従来のように、特定顧客の要請に対応して商品を仕入れて売るといった単純なビジネスモデルでは限界がある。
急激な技術変化にあわせて取引先メーカーの製品群も変化し、求める商品も少なからず変わってきた。かつて主力商品であった農薬などの国内販売量は大幅に減少し、それにかわって電子材料などのファインケミカル品や環境化学品の売上高に占める割合が伸長しており、この分野の強化が必要である。また、取引先メーカーの技術動向、生産動向をいち早く察知し、それに必要な原材料の委託製造をコーディネートするといった新しい事業の展開を推進しているが、現段階でその規模は決して大きくない。さらに、化学業界を取り巻く経営環境の変化の中で、中堅化学メーカーである親会社でも事業の集中と選択をスローガンに、事業の絞り込みや営業拠点の整理統合などによって経営の合理化・効率化を進めつつあり、そうした動きへの対応も、ビジョン実現に向けたA社の重要な戦略要因となっている。
メーカーである親会社とは異なる独自のビジネスモデルを構築していくことが、A社の今後の発展にとって重要であると考えたA社社長は、新しい視点で事業構造や管理体制を見直すために、中小企業診断士にアドバイスを求めることを決意した。